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神戸家庭裁判所 昭和52年(家)212号 審判 1977年12月28日

申立人 上田秋夫(仮名)

相手方 上田陽子(仮名)

事件本人 上田清子(仮名) 外一名

主文

本件申立を却下する。

理由

第一申立の趣旨

相手方は申立人に対し事件本人両名の監護費用として昭和五一年二月より毎月四万円を支払え。

第二申立の理由

申立人と相手方は昭和四〇年一二月婚姻し事件本人両名をもうけたが、相手方は昭和五一年一月末単身家を出て事件本人らを放置したまま何ら連絡をしない。そのため事件本人らの世話をするには人手をかりねばならず、費用を要する。よつて事件本人らの監護費用を相手方にも負担して貰い度い。

第三判断

一  当庁昭和五〇年(家イ)第一二二三号、昭和五一年(家イ)第四四三号、第五七二号および本件各記録によると次の事実が認められる。

1  申立人と相手方は昭和四一年一月一七日婚姻しその間に事件本人両名が生れ、申立人肩書住所に居住していたところ、申立人は昭和五〇年頃林則子と情を通ずるようになり、同年一一月頃同女はその夫林茂之の許を出て申立人が準備したアパートに住むようになつた。

2  同女はその直後同月二八日茂之に対し離婚を求めて当庁に夫婦関係調整の調停(同年家イ第一二二三号)を申立てた。

3  間もなく申立人と同女との関係を知つた相手方は翌五一年一月単身申立人方を出てしまつた。そして申立人や事件本人らの身の廻りの世話は上記則子が面倒を見るようになつたが、同女の申立てた調停事件は期日を重ね、当初は同女の復帰を希望した茂之もやがて離婚が避け難いことを悟り、子供の養育費として月一万円を同女に支払う約束で同女が親権者となつて子、秀樹を引取り同年五月一九日協議離婚が成立した。しかし子供の引取を既に同居していた申立人が難色を示し子供につらくあたるということで結局茂之が子供を引取つて、同年七月九日調停手続は取下げられた。

4  この協議離婚の話ができた頃即ち同年五月一五日相手方は申立人に対し上記不貞を理由として離婚を求める夫婦関係調整の調停(同年家イ第四四三号)を申立て、同年六月一六日には林茂之が申立人に対し上記夫権侵害を理由に慰謝料を請求して調停(同年家イ第五七二号)を申立てた。この四四三号事件の最初の調停期日において申立人は前記則子と既に同居していることなどを素直に認めたが、同女が既に離婚に踏みきつたあとでありながら、同女はいつでも身をひいて家を出てゆくから相手方に復帰するよう頼む態度を示したきり両調停事件とも期日に出頭しなくなり、四四三号事件は同年九月一三日不調として終了した。

5  すると同年一〇月一八日申立人は相手方に対し本件調停(五一年家イ第一〇六七、一〇六八号)を申立てた。その後本件と前記慰謝料調停事件とは期日を重ねたが、翌五二年一月三一日、二月四日と相次いで不調として調停手続は終了し、本件は審判手続に移行した。

6  ついで同年三月六日には則子は申立人を父とする女児(智子)を出産し、三月一四日には事件本人両名の親権者を申立人として申立人と相手方の協議離婚届がされ、三月一九日には申立人と則子の婚姻届がされた。

7  申立人と相手方が申立人肩書住所で同居していた当時申立人は同所に約七〇坪の敷地と約一四坪の自宅を所有するほか、九五坪程の別棟を所有してそこで一六名の学生をおいて下宿業を営む一方タクシー会社に勤めて運転手をし、また百貨店の配送も引受けて収入をえ、相手方は家事や育児のほか下宿の学生の食事等の世話、さらには自分でハンドルをもつて配送も手伝つていた。また相手方はその身内の者から合計約一五〇万円位借金して家計に入れていた。

二  以上の経過によると、夫婦間における養育監護の費用分担の申立として本件調停はなされたが、その後離婚が成立して申立人が親権者と指定され、その間に事件の性質は変つたわけである。

即ち離婚にいたるまでの養育費は当然婚姻費用に含まれるものであるから民法第七六〇条により「その資産収入その他一切の事情を考慮して」夫婦である申立人と相手方が分担すべきである。

そこで申立人と相手方の上記別居の前後頃における資産収入その他一切の事情を考慮することとする。

前項認定の事実によると、世間一般の家庭に比し遙かに密度の高い夫婦協力のもとに申立人と相手方とは家計の維持に八面六臂の努力をつづけ、資産を形成し収入を計つて事件本人らの養育に懸命の努力を尽していたところ、申立人の不貞のために相手方は申立人方にいたたまれなくなつて家族をおいて家を出てしまい、全力投球とも評すべき夫婦の協力態勢はここに一挙に崩壊してしまつたが、それまでに形成された資産は申立人の手許に残り、家事下宿業配送業において相手方に代る人手を要するに至つた点以外はさしたる収入の減少は考えられず、しかも間もなく人手の不足は則子により概ね充足されるに至つたもので、尚かつその影響が残つたとすれば、それは申立人の多角的な家計の維持に占める相手方の比重即ち功績が則子に比しそれだけ大きかつたことを示すに過ぎないことともなり、申立人は自らの責において夫婦の共同生活を挫折せしめたものといわなければならない。しかも申立人は相手方の生活費の負担を免れたともいうべく、これらの事情の全てを考慮に入れるとき、申立人と相手方の婚姻より生ずる費用(そのうち事件本人らの養育費のみを計上したとしても)を相手方に分担せしめる余地は見出せない。したがつて婚姻費用は全部申立人が負担すべく、かつそのことにさしたる困難は生じなかつたものというべきである。

三  つぎに離婚後の養育費の分担について検討する。即ち民法第七六六条は家庭裁判所が子の利益のため必要があると認めるときは子の監護について相当な処分として養育費の分担を決めることを規定している。

ところで親が未成熟の子を養育する関係について民法は第八二〇条によつて親権者の権利義務として規定するとともに第八七七条によつて直系血族間における扶養の義務として規定している。後者は最低生活を維持するに事欠く場合に余力ある者がこれを補充する所謂生活扶助を定める一般規定であつて、社会的道義的基盤に立つに対し、前者は生活の基礎を共通にする場合相互に相手の生活を自分の生活の一部として維持しようとする所謂生活保持を定める特別規定であり、自然発生的な基盤に立つものである。したがつて特別規定が定める生活保持の義務の履行によつて目的が達せられている限り、一般規定が要求する生活扶助の義務が具体化することはない。このことは共同親権である場合と単独親権である場合とを問はない、未成熟の子が即ち、未成熟の子が養父母の共同親権のもとにある場合、当初から単独親権のもとにある婚外子の場合、両親離婚後単独親権のもとにある場合、いずれもまず共同生活を営む親権者において子の扶養を尽すべきであり、それでもなお生活費に事欠くに至つたとき始めて実父母や親権者でない親、祖父母等の親族による扶養義務が顕在化し、それらの者に扶養を求め、或いはその費用の分担等の援助を求めうることとなる。

前記のとおり申立人は相手方と離婚するにあたり事件本人らの親権者と定められたのであるから、事件本人の監護については民法第八二〇条により申立人がその義務を負うこととなつたわけであり、申立人はその収入によつて事件本人らの生活費を全て負担すべく、唯その収入によつても賄いきれない場合に始めて親権者でない相手方にその分担を求めうべきこととなる。

そこで次に申立人の収入について検討する。

四  本件記録によると申立人の収入について次の事実が認められる。

1  申立人は盆暮の時期を除いて○○タクシー株式会社に運転手として勤務し昭和五一年度の給与所得として年間一、七四一、三一二円の収入をえた。

2  申立人は一か月二七、〇〇〇円新規の者には二八、七〇〇円の下宿代、敷金一五万円但し返済時二割控除ということで大学生一六名を対象に下宿業を営んでいる。そしてその食費等の日常経費は家族四人分を含めて月三二万円程度で押えているから、営業用経費は二〇分の一六即ち二五六、〇〇〇円となる。また入居者が大学生であるから概ね三年で入れ替ると考えられ、敷金一五万円の一六人分二四〇万円のうち二割に相当する四八万円は三年間の収入、残り一九二万円は退居時まで無利子で預つているので、営業用利廻りとして年一割に相当する一九二、〇〇〇円が年間の収益として加算すべきものである。以上を下宿料新旧平均額で計算すると年収は

(27,O00+28,700)/2×16人×12ヵ月 = 5,347,200円

(控除)256,000×12ヵ月 = 3,072,000円

480,000/3+192,000 = 352,000円

計 2,627,2000円

となる。

3  そのほか申立人は盆暮の時期を中心にして車を持ちこんで○○百貨店の配送を請負い、昭和五一年度は約八四万円の水揚をえている。この種の配送は一人で一日通常一五〇個ピーク時には二五〇ないし三〇〇個程度は処理できるものとされている。そしてその報酬は車を持ち込んだ場合は一個につき七七円、車を持ち込まないで百貨店又は配送下請業者の車を使用した場合には一個につき四五円とされているので、車を持ちこんだ場合の燃料費、車輛償却費等必要経費は七七円と四五円の差以下に押えなければその意味がない。その比率で計算すると上記水揚のうち経費にあてうる部分は三五万円が限界であるから、その収入は少くとも五五万円を下るものとは考えられない。

なおこの程度の水揚は上記単価および一日当の取扱量で概算すると六〇日分程度の仕事量であるので、申立人が申立人の父やアルバイトの学生に謝礼を支払つたとしてもそれは利益金の処分であつて必要経費と扱うことは適切でない。

4  以上によると申立人は昭和五一年度においてタクシー運転手としての給与一、七四一、三一二円、下宿営業の収入二、六二七、二〇〇円、配送業による収入五五万円計四、九一八、五一二円の収入をえたわけである。

同年度における申立人の諸税等の支払は

所得税   一五、九〇〇円

住民税   二〇、九〇〇円

固定資産税 五九、九七〇円

社会保険料 八三、〇〇〇円

計    一七九、七七〇円

となり、これを控除すると、処分可能の純収入額は年額四、七三八、七四二円、月額三九四、八九五円となる。

ところで申立人は昭和五二年四月現在

イ 兵庫県○○○○協会に対する代位弁済金返済債務二八五万円約定返済月額五万円

ロ ○○○○公庫に対する借入金返済債務八七万円約定返済月額三万円

ハ ○○○○金庫に対する借入金返済債務九六三万円約定返済月額二二万円

を負担しており、昭和五一年度の所得税確定申告においては下宿営業の必要経費としてハの年間返済額中利子に相当する一、二四六、三五一円と営業用建物の償却費三七二、六〇〇円を控除額に掲示し、イ、ロの両者については触れていない。したがつてイ、ロは申立人の現在の収入とは関係のない債務、例えば申立人が以前経営し、倒産した○○関係事業等の債務ないしその借替債務と考えられ、またハは現在営業している下宿業の営業用資産取得資金の借入金であつて、その返済と償却に対応して申立人の資産として形成されてゆく性質のものである。したがつていずれも生計費算定の基礎としての収入を算出する場合控除の対象とはしないことを相当と考える。

5  なお、上記のとおり現在の申立人の同居家族は、妻則子、同人との間の子智子および事件本人両名であるが、事件本人健一は種痘後神経麻痺の後遺症のため発語と四肢の運動に稍不自由な機能障害をもつているが、則子の協力をえて、申立人の男親には稀に見るきめ細い愛情と献身的な看護の努力によつて、幸、週に一回位特殊学級による訓練をうけるほかは普通の小学校に通学して他の学童に伍して授業の理解能力を示し特に手がかかる程ではない(したがつて事件本人らは申立人の家庭にあつて両親の離婚という不幸からうける影響を最少限にくいとめられている状況にあるというべく、申立人が本件審問あるいは調査に際し時折口にするように相手方に引取らせることは事件本人らの福祉にとつて好ましいこととは到底考えられない)。

五  本件記録によると相手方の収入は、喫茶店に勤務して平均月額七五、六〇〇円を得ていて生計は単身で維持している。また、相手方は申立人との婚姻が破綻したのは前記のとおり申立人の不貞によるもので、それまでには申立人の経営する事業にも協力をおしまなかつたわけで、離婚に伴い申立人に対し慰謝料や財産分与を請求しうる状況にあつたが、事件本人らを申立人に育ててもらうこととなつた関係上これらの請求を差し控えて申立人に事件本人の親権者となつて貰つた。

六  そこで上記収入月額に基いて事件本人らが申立人世帯あるいは相手方において養育される場合を比較し、その養育に割り当てられる額の高い方をもつて事件本人らの生活費と定めるべきものと考える。労研方式による消費単位は、申立人は上記のような多様な仕事についているのでこれらを総合し重作業として一一五、妻則子は中程度として九五、事件本人らはいずれも小学校低学年として五五、智子は〇歳児として三〇、相手方は軽作業として九〇に該当し、かつ申立人相手方ともに職業費として一割を割当てる。

申立人に養育された場合

395,000円×(1-0.1)×(55/(115+95+55+55+30)) = 55,864円

相手方に養育された場合

75,600円×(1-0.1)×(55/(90+55+55)) = 18,711円

となるので、その高い方五五、八六四円を事件本人ら各自の生活費とする。

つぎに最低生活費について検討してみるに、その基準額は消費単位一〇〇につき昭和二七年七、〇〇〇円、消費者物価指数は昭和四五年を一〇〇とすると昭和二七年は四六、昭和五一年は一八七、五であるから

申立人の世帯は

7,000円×(187.5/46)×((115+95+55+55+30)/100) = 99,864円

相手方は単独世帯であるから消費指数に四〇を加算し

7,000円×(187.5/46)×((90+40)/100) = 37,092円

となり、申立人の収入はこの最低生活費の三、九五倍相手方の収入は二倍、その生活余力は双方にあり、最低生活費をそれぞれ控除した余力は申立人には二九五、一三六円、相手方には三八、五〇八円となる。この余力に比例して前記事件本人らの生活費五五、八六四円を按分すると申立人は四九、四一七円、相手方は六、四四七円となる。

七  上記認定事実およびその他本件調査の結果によると、

1  申立人は不動産として宅地建物を所有し、タクシー運転手、下宿業、配送業と多角的に収入の方途を講じており、相手方は喫茶店の店員として勤務しているが資産は何らなく、これら申立人、相手方の生活基盤の強弱の対比、

2  申立人が本件申立において求める額の限度

3  申立人と相手方の婚姻が破綻した原因

4  申立人が負担する金融機関に対する各債務

5  申立人が相手方との離婚直後、たとえ“男の意地”にしても二百数十万円を投じて○○○○○の乗用車の新車を買うことができたこと

さらに本件審問の過程においてあらわれた諸般の事情を考慮すると、事件本人らの養育料のうち一人につき月額六、五〇〇円程度を相手方に分担せしめてみてもそれは申立人の債務弁済の資金の中に消えてしまい、事件本人らの養育に割り当てられる見込はなく、結局は申立人の財産形成に資するに過ぎないことが明らかであるとともに、相手方のこの程度の金銭的援助をうけなくても申立人の収入のみによつて事件本人らの上記養育費は全額支出することができるものと考えられる。

八  そうすると、事件本人らの養育費の分担を相手方に求める申立人の本件申立は脚下すべきであるから主文のとおり審判する。

(家事審判官 三好徳郎)

〔参考〕 抗告審(大阪高 昭五三(ラ)二七号 昭五三・二・二四決定)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は、抗告の趣旨として「原審判を取消し、本件を神戸家庭裁判所に差戻す。」との裁判を求めているが、抗告の理由を明らかにしない。本件記録にあらわれた諸事情を総合して考えると、当裁判所も原審判同様、子の養育費の分担を相手方に求める抗告人の申立は理由がないものと判断する。その理由は、原審判の理由説示と同じであるから、これをここに引用する。そうすると、子の養育費の分担を相手方に求める抗告人の申立は失当であり、これを却下した原審判は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

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